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治療家のこと

院長プロフィール

田畑 博章(たばた ひろあき) 苞徳堂 ほうとくどう 院長

田畑博章(たばた ひろあき)

昭和50年6月6日生まれ
見た目どおりO型
ふたご座

石川県珠洲市飯田町育ち
現在、石川県金沢市に在住

院長へのQ&A

1. 趣味は?

読書と言ってみたいですが、
最近は目が疲れて趣味の領域ではなくなり、本屋に行って表紙をみているだけで満足するようになりました。

食べ歩き
食べてばっかりで歩いていないので肥満に拍車がかかり、最近はやめています。

お祭り
小さい頃から祭り好きで、祭りの日が近づくと夜も眠れないほどでした。小学校時代は担任から「祭りきち」と言われ、面倒がられておりました。
しかし今は、近づいても平静を装うすべを覚えました。

鍼灸
するのもされるのも大好きです!
なんだかんだいってもう10年以上毎月東京に勉強に通っています。
ただ、周りからは「グルメツアーか?」と揶揄されていますが…

2. なぜ鍼灸師になったのですか?

小学校の6年生の時、膝が痛くなり(オスグッド病)、病院にかかるもシップをくれるだけで痛みが全く治まらなかった。
そこで母親に鍼灸治療に連れて行かれたのがきっかけで興味を持ちだした。
だが、当時は獣医になりたかった。
それから自分で犬を飼い始めたが、世話の大変さに獣医は無理であると悟った。
中学3年の時、学校の図書室にあった「東洋医療技術者になるためには」という本を読んで、鍼灸師になるとなぜか決めた。

3. それからはどういった流れで鍼灸師になったのですか?

家族は、「あんたの好きな道にすすめばええ」というスタンスでした。
でも後から聞いたのですが、中学や高校時代の恩師達は本当になるとは思っていなかったようです。
父親が教師だったこともあり、また田舎では教師の子は教師になるといった傾向が強かったせいか、周りは教師になると思っていたようです。(あとの兄妹はみな教師になっちゃいました。)
そして高校を卒業と同時に、関西鍼灸短期大学(現 関西医療大学)に入学しました。
大学2年から週に1度、経絡治療家の先生のもとへ研修に行っていました。
これを書いていて久しぶりに当時の事を色々(人間模様)思い出しました。
まず、住んでいた学生マンションの大家さん。親分肌で、よくみんなを集めて酒盛りをしてくれ、けっこうやんちゃも一番先に行く方で、逆に我々が止める事態もしばしば発生。
同じマンションに住む1年上の先輩。みんなバイク好きで、よく後ろに乗っけてもらいツーリングにも行きました。関西圏の人が多かったせいか、おもろい個性的な方が揃っていました。
親友たち。夜な夜な集まっては談論風発?しておりました。いろいろありすぎて書けませんので、興味のある方は聞いてください。
ほんと楽しかったな~。

4. それからはどういった経緯をたどって現在にいたるのですか?

卒業と同時に学生時代に研修に行っていた先生の師匠のもとに弟子入りをしました。
しかし、3年の契約でしたが、自分の求めていたものとは違ったため、2年で辞めてしまいました。(その際は周りの先生方にご迷惑をおかけしました↓)
それから1年間、大阪の鍼灸接骨院で勤務の後、郷里の石川県に戻り、平成13年、現在の金沢市弓取町において開業をしました。
もうかれこれ開業して十数年になります。
本当に今思うと勢いで開業しましたが、私を開眼させてくれた師匠方、多くの先輩(特にⅯ先生やS先生)や仲間、多くの患者の皆様、また開業当時から今なおご贔屓いただいている方々のお蔭でここまでなんとかやってこれました。
本当にありがとうございます。

5. 今後、どういった方向を目指して行かれますか?

もちろん、もっともっと多様な疾患、難病といわれるものにもアプローチできるようにしていきたいですし、今までの疾患に対しても精度を上げていきたいです。
そのためにも、もっともっと勉強していきます!
そして、10年後にはフランス支店開業(笑)
たまたまテレビで、日本の美容室が確かフランスだったと思いますが、そこで活躍している映像を見たとき、俺もやりたい!(美容室ではありません)と思ってしまいました。

6. 最後に何かメッセージはありますか?

「おもしろきこともなき世をおもしろく」といきたいじゃありませんか!
そのためにも心体のトラブルは全力でサポートします!
だからうちは病の大小にかかわらず、お気軽はご遠慮ください。

by 真面目な治療家

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午後の部 15:00~19:30
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